ある作家の命日
今からちょうど55年前の昭和45年、6,400万人が来場した大阪万博開催の年。
高度経済成長を遂げ、人々が豊かさに酔いしれたその夏、
新聞紙上に、日本への絶縁状とも言える言葉を綴った人物がいました。
彼は新聞にこう綴りました。
二十五年間に希望を一つ一つ失つて、もはや行き着く先が見えてしまったやうな今日では、
その幾多の希望がいかに空疎で、いかに俗悪で、しかも希望に要したエネルギーが
いかに厖大であったかに唖然とする。
これだけのエネルギーを絶望に使ってゐたら、もう少しどうにかなってゐたのではないか。
私はこれからの日本に大して希望をつなぐことができない。
このまま行ったら「日本」はなくなってしまうのではないかといふ感を日ましに深くする。
日本はなくなって、その代はりに、無機的な、からっぽな、ニュートラルな、
中間色の、富裕な、抜目がない、或る経済的大国が極東の一角に残るのであらう。
それでもいいと思ってゐる人たちと、私は口をきく気にもなれなくなってゐるのである。
投稿者は、作家の三島由紀夫。
三島由紀夫『果たし得ていない約束』
サンケイ新聞 昭和45年7月7日夕刊
この頃三島は、5年がかりの大作「豊饒の海」の執筆に追われていました。
主人公が20歳で死んでは生まれ変わる輪廻転生の壮大な物語でした。
三島は豊饒の海を担当編集者にも知らせず、ひそかに完結させ、そして翌日の11月25日。
彼は楯の会のメンバーと共に自衛隊市ヶ谷駐屯地を占拠。
割腹自殺を遂げました。
本日、11月25日は三島由紀夫の命日となります。
戦後、180度日本の価値観は変わりました。
あの戦争さえも無かったことのように、ただ物質的豊かさの享受を野放しに
受け入れていく日本人とは一緒に日本人を語りたくない。
そんな三島の、ある意味純粋で不器用な概念や哲学がふんだんに含まれた三島作品。
最後の「豊饒の海」の第一作、「春の雪」を読み始めました。
日本人として変化への苦しみや進化とは何か。
三島由紀夫を通じて感じてみたいと思います。
よろしければ一度三島文学に触れてみてください!
