
ドラえもんと四次元ポケットの関係性

9月に入っても30度を超える日が続いていますね。
いつまで夏が続くのやら。
さて、昔から『モノは使いよう』という言葉があります。
使う人間によって、モノ自体が善でも悪にでもなる。
包丁は料理に使えばとても便利。
でも人に向ければ凶器。
包丁自体は無記なもの。
私はドラえもんを例にして、子供らに話をしてることがあるんです。それはこんな感じ。
『ドラえもんが居たらいいなぁ!と思ったことがある人は多いと思うんやけど、未来の人がもし、四次元ポケットだけを作って、ドラえもんを作らなかったらどうなるだろう。
のび太に四次元ポケットだけ渡すと、暴走する可能性がある。ましてやジャイアンに盗まれたら』
使い方の良し悪しを考える知性、簡単に言うと道徳がある程度備わっていないと、大変な使われ方をしてしまう可能性がある。
だから、その使い方はいいよ!その使い方はダメだよ!
と判断をしてくれているのがドラえもんの役割だと思います。
四次元ポケットという便利なものだけを作るのではなく、あえてコストをかけて、制約と監視するためにネコ型ロボットに持たせたと推測するわけです。
この現実の世の中でも、四次元ポケットのような便利なものが日進月歩作られている。その代表がAIかもしれませんね。
ではドラえもんは誰がやってくれるのか?
それは自分の知性や知識、致良知が、そして良い関係性を持った仲間、家族、社会などがドラえもんの役割を果たす。しかありません。
だからこそ、便利なものが生まれるたびに、内面の充実性を磨かなければ、世の中が大いに乱れることになると思います。
私はAIの暴走よりも、それを使う人間の内面的進化を
もっと大事にしなければならないと考えています。